大学院金子研究室志望者への注意


一般的な注意です。

A

この研究室は 大学院生は先生にテーマをもらって、その下で働くといったタイプのところではありません。 各自がそれぞれ自立した研究者として研究に挑むところです。 むろん、僕といっしょに研究をしたり、 研究室の先輩といっしょに共同研究をしていくことは多いと思いますが、それは あくまで自立した研究者同志の共同研究としてです。 もちろん、今までの知識や研究のやり方のようなものは、年をとっている方が蓄積はあるでしょうから、そういう点については 一方向の流れが多いかもしれませんが、研究自体としては双方向のやりとりであることが前提です。

ですから、自分で『こういうことを考えたい、わかりたい、やりたい』という 強い研究動機、目的を持っていることが期待されます。 (現段階では それほど具体的なテーマになっている必要はありませんが。)

B

研究室の目標は、既にある安定した知識の上で誰かの出した問題を競って解くというものではありません。むしろ、まだ、 どうやっていいかよくわからない新しい問題に挑み、それを科学的に扱える設定をたてて、大なり小なり、新しい分野をきりひらくことです。ですから、「知識の蓄積、修得」 を主目的にしている方は当研究室には向いていません。また うまく難しい問題を解けるという方よりも、新しい問題を作るといった方に向いています。

物理学はこれまで新しい領域に対して、自然現象に通底する論理を抽出し、その理解のしかたを定式化してきました。それを学んで、感銘を受けた経験があり、 その上で、このような感銘を作り出す側になりたい、そのためには、必ずしも大学の授業科目で学んだ対象に束縛されることなく、 物理の考え方を広げて、自然現象の新しい論理を探り出したいという希望を持った方向きです。

C

僕自身の関心は、ひとことでおおざっぱにいえば、「ダイナミックなもの- こと」です。その理論としては、カオスや非線形ダイナミクスなどの力学系理論、 手法としてはしばしば計算機モデル、興味の対象としては、ダイナミックな物理 現象一般から、生命の起源から進化、発生、さらには社会の歴史など多岐にわたります。こう書くと、ナンデモアリにみえますが、ダイナミクスをもとにした視 点ということで共通しています(詳しくは研究紹介や論文参照)。現在の理論物理、 数理生物などでは多くの場合「static]な見方にたっている(*)ので、そうでない 立場でいこうというのは、どの分野でも決して「多数派」ではありません。たとえば生命現象でも、 かちっとよくできた機械としての生命を理解したいという方向が主流派ですが、 それに対して、僕は生命システムのしなやかさ(ダイナミックで柔らか、揺らぎがあるけれど頑健)を 理解したいとしています。こうした方向も段々興味を集めてはいますが、主流とはとてもいえません。 ですから、この方向でいこうという場合には強い気持、「元気さ」はいるかと思 います。 (*え、でもいろんな式に時間があったじゃない?と思った方は、にもかかわらず、なぜ普通の理論が「static]なのか考えてみてください。なんでフーリエ変換して周期(くりかえし)運動の組合せにしてしまうのか、とかも含めて)

D

こういう新しい方向をやるのには、そう 今までの知識はいらないように 見えるかも知れません。たしかに 細部のテクニックのような 知識は必要がないこともあると思いますが、 「考え方」 という点では、 やはり正統的なものを身につけた上で、それにはあきたらない、新しい枠組を作るのだという意気込みがいるでしょう。その意味では、わりと方法論が確立されている研究室よりも厳しい努力、問題意識が必要とされます。

また物理系から理論生物学を希望する場合も多いと思いますが、この際、どこまで生物の知識がいるかは微妙な問題です。強い関心は必要ですが、現時点で知識がなくても、必要なら習得するという意欲があればなんとかなると思います。必要になったら、どんな知識でも身につけられるという気力、実行力は望ましいですが。

一方、生物関係の学科の出身者の場合、理論をやるには、数学・物理を修得することが必要です。これについては希望があれば個別に相談にのります。(参考に、物理系出身者以外の人でも、このあたりは勉強しておいてほしいというリストをPDFに載せてあります。)

E

非線形の問題ではコンピュータを駆使することが多いわけで、「コンピュータは使いたくない」という方は (絶対 無理とはいえませんが)、 かなり 難しいと思います。ただしそう長いプログラムを書く能力がいるわけではなく、むろん計算機で面白い結果をだしたものを楽しめるかどうかの方が大事でしょう。 (なお、最近、計算機はメイルとインターネットとワープロに使うものだと思い込んでいる人や、プログラムってのはどこかにあるものを使えばいいという人がみうけられますが、簡単なものでもいいですから、自分でプログラム書いてみてそこからあらわれる現象にびっくりしたり楽しんだりする経験をもつことをすすめます)

研究はいずれにせよ試行錯誤の連続です。誰もやっていないことをやろうとするのですから多くの場合は失敗です。失敗にめげずにいろいろ試し続けること、最初の大目標は 実現できなくても道の途中で得られたこと、また試行錯誤の過程自体を面白がれるかが重要です。

F

ぼく自身の研究スタイルはかなり発見法的なもので、計算機をもちいて実験を行っていくというような感じもあります。研究は各自の個性でおこなえばよいので、このスタイル以外で成功している人も研究室にはいますが、ただわからなくても、とにかくやってみて何かを発見していこうという 精神は必要だと思います。特に一見複雑に見え、すぐにはわからない結果から自分なりにストーリーをくみたて、その仮説に基づきまた 計算機実験なり理論解析を試行錯誤していく「元気さ」が必要だと思います。

G

研究室というのは勉強をするところではなく研究をするところですから、特にカオスについての 勉強をするということはありません。 残念なことに多くの大学では正規の授業でカオスを教えていないかと思います。大学院志望にあたってある程度、どういうものかくらいは 知りたい場合は、通俗本ではなく、例えば日本語のものでしたら、 カオスの中の秩序(Berge-Pomeau-Vidal 相澤訳、産業図書)、英語でしたら短いものではStrange Attractor and Chaotic Evolution (D. Ruelle, Cambridge Univ. Press),標準的教科書としてはChaos In Dynamical Systems (E.Ott,Cambridge Univ Press)、などがあるかと思います。
力学系一般については、Hirsch, Smale, Deraneyの Differential Equations, Dynamical Systems & Introduction to Chaos(力学系入門, 共立出版)などがあります。

H

自立を求めましたが、これは ひとりよがりということとは違います。テーマの設定から、研究をおこなってまとめていく過程のどの段階でも、 僕を含めた研究室のほかの方と議論することが大事です。もちろん、その過程ではさまざまな批判を受けますが それを恐れていては何もできません。むしろ批判をもとに自分の考えを成長させていく過程を楽しむのが必要です。 (僕は基本的に議論の時間は十分用意しています。「鐘をたたいてもらえれば」いくらでも反応します。 そうしているうちに互いに共鳴して大きな振幅になっていくのが理想で、これまでもその形でよい共同研究をさせてもらっています。)

I

なお、原則として博士課程まで研究するものとして接しますが、修士を1年過ぎたあたりで、 (博士課程にいっても) 自立した研究者になっていけそうに ないと思われる場合は、 修士卒での(企業への)就職をすすめます。 博士課程の大学院生は、1人前の研究者であることが前提ですので、修論が書ければ即 博士課程進学許可というようには考えていませんから、念のため 注意して下さい。

就職について:いい職をうるために研究するのでなく、研究をしたいのが前提なので、この分野は就職があるか、とかで研究分野を決めるのは不純です。ただし、博士をとる水準の研究 (上記のようにその基準を下げて行くつもりはありません)に到達していればそうむやみに心配することはないかと思います。 むろん研究者は安易な生活ではありませんが、本当にやりたいことがあって、 その分野で新しい成果を発表し続けて、自立した研究者として活躍してさえいれば 過度に心配することはありません。博士をとった後 ポストドク研究員(当研究室のこれまでの例は、米国サンタフェ研、ドイツフンボルトフェロー、 数理解析研、北大電子研、学振、理研など)を経て大学や研究所にポストが 見つけられていくと思います。(なお、これまでに博士をとった人が17名(95年修了以降)ですが 2010年時点で准教授7、講師2、常勤研究員1、助教1、ポスドク5など、皆さん活躍しています)。)

J

(一般的な意見):あたりまえのことですが、どの大学院のどの研究室を選ぶかというのは、これからの人生を自分が決めていく上での最初の重要な選択肢です。自分が何をやりたいかをよく考え、もう一度自分をよく見直して判断して下さい。なお、どの大学かとかどの研究科かとかで選ぶのは間違いです。自分がやりたいことをやるのに適した研究室というのが決定のための基準であり、その研究室がたまたま どこにあるかということは2次的なことです。 また、日本では出身大学の出身学科の上の大学院に進学する人が多いですが、むしろ、この前提をまず外した上で、国公立私立も問わずに、すべて白紙にした上で、自分の研究したいテーマ上で自分の行くべき研究室がどこかを考えるべきです。(学費のためか、優れた教員のいる私立大学大学院に外部から進学を考えないケースが時々ありますが、色々とサポートの制度もあるはずですから、同じ重みで考慮すべきでしょう)。 当然ですが、書いてあるものを読んだり、多人数対象の講義をきいただけでは、なかなか判断ができないでしょうから、 志望を決める上ではアポイントをとって相談にいくのがよいでしょう。その場合も漠然と行くのでなく、自分のやりたいことは何か考え、そこの研究室でやっている(らしい)ことは何かをある程度調べて行けば有効になるでしょう。

以上、つまらないことを書きましたが、研究に没頭する意志がある人にとっ ては大学院生活は 人生のもっとも素晴らしい時期です。 健闘を期待します。


金子研究室に関する文書